検索
  • 井上大辅

サランサランサラン

更新日:2020年12月17日

そろそろマスクがお洒落の一部になってきたけれど、そんな風にコロナの厳しさに耐えられているのは家族の存在があるからだ。最大の理由はそれとして、実はもう1つある。

それは、とあるグループの存在だ。

彼らの歌と、ダンスと、ステージと、ポリシーに非常に共感するし、ヒッソリとパフォーマンスの勉強をさせてもらっている。彼らの活動の1つ1つが面白く、見れば見るほどこれからが楽しみになる。彼らが育った異国の文化も大好きだ。

彼らが生活の中に彩りをもたらしてくれている。


毎日毎日、マジかよっていうおかしなニュースばかり。

俺の命はお前らみたいな連中のためのものじゃない。

生きづらいよね、全くもって。


Love yourself

最新記事

すべて表示

「いい加減、黙っているわけにもいかないぞ!自分の創作活動のためにも、言葉を発信しなさい!」と自分を焚きつける気持ちと、 「けれども、世の中であまりにいろんなことが起きすぎていて、何かを言葉にするのは鬱陶しい…」というような気持ちが綯い交ぜだ。 相変わらず舞台には立っていない。次に舞台に上がる時は、私は新人のような気持ちで初々しく公演をする、かもしれない。 会場にわざわざ足を運んで観たいと思う公演も

というのは私の持論ではなく、最近読んだ本の中の一節。数百ページある本の中のこの一節が、私が私と向き合う大きなきっかけを与えた。それを書いてみようと思う。 自分とダンスが歩んできたこれまでを「夢」と「憧れ」をキーワードに検証してみる。 ダンスをやりたいと思ったのは、初めてダンスを体験した時の充実感が他の何にも代え難いものだったからだ。そういう体験から、生涯踊り続けたいという「夢」へと展開していった。

時の経過が早いのか、私の更新が鈍いのか、本年最初のブログはもう3月も後半に入ろうかというタイミングになってしまった。「明けましておめでとう」という浮わついた気持ちはどこに行ってしまったんだろう。そもそもコロナ禍では「おめでとう」の気分は毎年どんどん薄まってきていたけれど、今年の「おめでとう」を言う機会を逃していた間に、世界はさらに酷いことになってしまった。1日1日を生きることが毎年どんどん命がけに