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  • 執筆者の写真井上大辅

父りんちょ踊りんちょ

今日は、2種の「私」について書く。

父親とダンサーという、2種の「私」。


私が父親である時、ダンサーであることを忘れずにいようとする私がいて、反対に、私がダンサーである時、父親であることを無視せずにいようとする私がいる。そのおかげで、互いが互いを潰しあわず、無用なストレスを感じずにいられている。


そんな2種の「私」が、2種同時に背筋をビビンッ!と伸ばした瞬間があった。


2年前。公園で子どもと遊んでいると、父子がベンチで買ったばかりのアイスを開封し、食べ始めようとしていた。父が子どもの口にアイスを近づけた時、こう言った。


「がぶりんちょ」


その言葉に、ダンサーな私と父親な私は、ハッとした。

とても古風で、日本的で、平和で、ひょうきんな響き。幸福感に満ちた、何の罪もない言葉だけど、私は自分自身が「がぶりんちょ」と聞いたら「ダサっ!」とほくそ笑んでシニカルを気取る人間だということを忘れたくないのである。どちらかと言えば、「がぶりんちょってなにそれ!」というテンションで子どもと盛り上がりたい。


「がぶりんちょ」は愉快。まさに絵に描いたような楽しさ。「がぶりんちょ」は情景を幸福に仕上げる額縁。

しかし、私は子どもとの楽しい生活の日々を額に飾るのではなく、創作活動と地続きにしたい。私は子どもとの時間すべてにダンス的な発見があるはずだと考えている。そんな私は、なんてことない生活の中でのほんの一部の情景にあった、あの言葉の無条件に幸福な響きを受け入れたら、私のダンス的な視座がちょっと奪われてしまう気がする。(仰々しいかもしれないが)


そして、つい先日。

子どもに串団子を食べさせようとした時、危うくあの言葉が口から出てきそうになってしまった。人に何かを食べさせようとすると、つい出てくるあの言葉の罠。咄嗟に言い換えた。


「がぶっちょん」


ギリギリセーフか?アウトか?ちょっと罠に足がハマってんな、俺。



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