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  • 井上大辅

世界か演劇か


結局のところはダンスの道を志すことになったが、

大学には演劇を学びたくて入学した。

1年か2年だったころ、演劇についてたくさんのことを教えてくれた先生に、

こんな質問をしたことを覚えている。

「先生が所属している劇団の若手と、学生との違いはなんですか?」

「劇団員は演劇を通して世界を見ようとしている。学生は世界を通して演劇を見ようとしている。」

これが先生の答え。

この言葉を今も忘れることなく、ふいに思い出したりする。

「世界」というのは、別に仰々しい言葉ではない。

しばらくぶりに会った人たちは結婚していたり、子供が3人いて4人目を考えていたり、

盛大な結婚パーティーで盛大に祝福したカップルが離婚していて、そのことを他の人から聞いたり。

久しぶりに降りた駅では、都市開発が進んで、

ファミリーが住みやすそうな超人工的な演出が施されていて、気持ち悪い感じがした。

電車に乗れば、この中の誰かが新型肺炎に感染してるんじゃないかと警戒する。

いつぞや、振付はやらないと宣言した人がソロ公演をするようになっていた。

舞台業界ではキャリア充分な人が、若手支援育成の場を提供すると宣言しておきながら、

肝心の中身はノープランだった。

実家の方で震度5弱の地震が起きていたり、

そんな中でも山口県は瀬戸内海に新たな原発を建てるとか建てないとか。

LGBTは、いつの間にかLGBTQIA〜みたいに、多角度的になっていた。

そのほかにも、

いろんなハラスメント

夫婦別姓

忖度

グレタさんの行動

トランプの弾劾裁判

安倍晋三のすっからかんな答弁

争いが絶えない中東

空き家の問題

煽り運転

不気味なくらいの暖冬

不倫とかM-1とかボクシング

韓国映画の快挙

津久井やまゆり園の事件

薬物とか増税とか投票率の低さ

芸術文化に携わりながら選挙に行かない奴が私は大っ嫌いだ。

他の仕事をしながらダンスの活動をしている人、

その状況に歯喰いしばっている人もいれば、

自分の生活ペースに上手く馴染ませながら上手にやっている人もいる。

でも人前で踊るなら、しっかりとしたものを見せなくてはならない、

という表現者としての切っ先の鋭さの問題。

未来の宝であった、私よりもずっとずっと若いダンス仲間の死や、

その人が与えてくれた(と言って良いと思っている)今年の12月の本番。

前述した質問に答えてくれた先生の死とか。

その先生が亡くなる前、久しぶりにお会いすることができ、こう言われました。

「時代が変わっていく最先端に生きていて、よろしく頼むな」

今年の12月、ダンスの公演をすることが決定しました。

世界は続きます。

世界を続けます。


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「いい加減、黙っているわけにもいかないぞ!自分の創作活動のためにも、言葉を発信しなさい!」と自分を焚きつける気持ちと、 「けれども、世の中であまりにいろんなことが起きすぎていて、何かを言葉にするのは鬱陶しい…」というような気持ちが綯い交ぜだ。 相変わらず舞台には立っていない。次に舞台に上がる時は、私は新人のような気持ちで初々しく公演をする、かもしれない。 会場にわざわざ足を運んで観たいと思う公演も

というのは私の持論ではなく、最近読んだ本の中の一節。数百ページある本の中のこの一節が、私が私と向き合う大きなきっかけを与えた。それを書いてみようと思う。 自分とダンスが歩んできたこれまでを「夢」と「憧れ」をキーワードに検証してみる。 ダンスをやりたいと思ったのは、初めてダンスを体験した時の充実感が他の何にも代え難いものだったからだ。そういう体験から、生涯踊り続けたいという「夢」へと展開していった。

時の経過が早いのか、私の更新が鈍いのか、本年最初のブログはもう3月も後半に入ろうかというタイミングになってしまった。「明けましておめでとう」という浮わついた気持ちはどこに行ってしまったんだろう。そもそもコロナ禍では「おめでとう」の気分は毎年どんどん薄まってきていたけれど、今年の「おめでとう」を言う機会を逃していた間に、世界はさらに酷いことになってしまった。1日1日を生きることが毎年どんどん命がけに